人と教育

こどもは人の基本

私が大切にしていること

私が隣りに居ても、あなたが普段のあなたらしく居てくれること、これが私の幸せです。

 

つまり、私に変に気遣わずに、あなたらしさを発揮にしてくれるよう立ち回りたい。

これが私の大切にしていることです。

 

営業の仕事をしていた頃、

先輩の運転する車に同乗させてもらった時に、

先輩が「煙草吸っても大丈夫?」と気遣いで聞いてくれることがあって、

 

「私の幸せは、あなたがいつも通りのあなたでいてくれることです。

私が居ても、いつも通りのあなたのままでいてください!」

と返していました。

 

煙草吸う人が吸わない人に気遣うのはまぁマナーとして当然だし、

運転しながら吸うなとか、いろいろ細かいことはありますが、

そういうことじゃなくてね。

 

私は私らしく、あなたはあなたらしく、

お互いにリラックスした状態でいられる関係作りって最高だな~って思うんです。

 

そんな空間のためならどんな気遣いも立ち回りもできる。

 

そんなことを思っている、だけ☆

 

偏見

誹謗中傷覚悟で吐露すると、

注意欠陥(ADHD)や敏感(HSP)などで、いわゆるグレーな子っているじゃない?

 

私、そのような子たちを理解をしているようで、どこか偏見がありました…

それに気が付いてしまい、良くないことだなと反省しているところです。

 

偏見というか「すみ分けをしたい」と私は感じているみたいです。

 

グレーな子が特別学級などを利用し、その子に合った環境を選んでいくとき、

周りの大人たちがその子の特性にちゃんと気が付いて素晴らしいと思うし、

その子にとって本当によかったね、と思っていた半面、

集団行動を行っていく中でそれを別のペースで乱していくような子が離れることで

あぁよかったと思っている自分がいたことをここに認めます。

 

学校以外の場所ではそれが混在することがあり、

それが私の中でもぞわぞわもやもやと感じさせてきました。

特に自然遊び、絵画創作、科学…こういった習い事に混在が見られるかなと思います。

 

すみ分けがされていない。

なんだか低きに流れた感覚がしました。

 

個人より集団競技系のスポーツなどには、

高みを目指すきらきら集団ときらきらママ(そう見えるだけだと思うけれど)が集まっている。

 

個人を尊重する自由な習い事には、

誰もを受け入れるそんな優しい世界が広がっている。

だから誰もが入れる。混在する。

 

後者を楽しむ我が子。

グレーな子の割合が目立つ。

 

この優しい世界で私は、グレーの子を持つお母さんと仲良くしていくことになるのか。
グレーな子と共存して笑顔で受け入れる、そんな人間に私はならなければいけないのか。

そんなことを思ったらぞわぞわした。

 

あ~私ずいぶん汚れてしまったもんだな~と、自分で自分にがっかりしつつ、

このもやもやをしっかり受け止めて然るべき処分をしないとなと思ってる。

 

集団塾勤めだったから、ついて来られない子は個別塾をご案内していたし、

塾自体がそもそもすみ分けされている習い事だったから、

これまであんまり接してこなかったなと思う。

 

グレーな子に関する知識不足かもしれない。

こんなこと言葉も選ばず書いて、気分を悪くされる人もいらっしゃると思うけれど、

もしよければいろいろなこと教えて欲しい。

 

このもやもやわかってくれる人いたりするかなー?

ポジティブな人の裏側の計り知れない挫折や苦悩

news.yahoo.co.jp

昨日のこの記事を読んだんだけど、

アンミカさん、結婚生活10年のうち4年間も、

こんな思いをされている時期があったなんて、

ポジティブな方として今あちこちでお見受けしているけれど、

ポジティブの裏側には計り知れない挫折や苦悩があるよなぁって

改めて思い知らされました。

 

私もよく「悩みなさそう」と言われるし、「ポジティブ」と言われる。

確かに特に悩みもないし、自他共に認めるポジティブ人間だと思う。

 

別に人に「どや!」って誇れるほどの挫折や苦悩もないけど、

ここに到達するまでには、いろいろ血迷ったり間違ったり絶望したりもしたよ。

それを踏まえた上で、今が人生で一番幸せだといつも思っているよ。

 

過戻りたい過去はひとつもないかな。

それくらい過去はやりきったし、もう戻りたくもない💦

 

SNSをはじめ、いつもでもどこでもそうだけど、

今見えている部分はその人のほんの一部分でしかないんだよね。

 

過去の経験を踏まえて、今優しく大きくいられるなら、

その過去の挫折や苦悩は意味があるものだよね。

今どうあるか、それがすべてだよね。

 

インスタの中は、手に入れていないものだらけ

毎日インスタ見てます。私も。

 

特にカラフルな服やバッグの着こなし系アカウントが大好きで、

もう見ているだけでワクワク、

いや見ているだけでは足りず、購買意欲もまんまとそそられて、

なんならサブスク限定の情報とか手遅れにならないように頻繁にチェック。

 

あ~欲しい!着たい!欲しい!
もう本当病気なんじゃないかと思うくらい、

浪費思考すぎて怖い。

 

私の場合、ブランド志向やミーハー志向ではないので、

単体としてはすごい高い、高価なものには興味ないのだけど、

何しろ欲しいと思ったら何も考えずにすぐに手に入れたい。

 

でも気付いたんだ、インスタの中にある世界はすべて、

私が手に入れていないものだらけってこと。

 

開いたらそこは手に入れていないものだらけで、

見ていたらわくわくどきどき欲しくなる。

もしくはそれで気持ちが少し沈むこともあるよね。

 

自分が手に入れているものは、インスタの中にはない。

手に入れているものは、そう、スマホを閉じたとき、そこにある。

 

私は今すごく満ち足りていることに気付く。

 

あるものをもう一度大切にしていこう。

メンテナンスしていこう。

不要なものを整理しよう。

心地よい空間で生きよう。

少なくたってお気に入りのものだけに囲まれて生きよう。

 

今日の青空は無料であなたのもの。

今日の涼し気な風も無料であなたのもの。

今いる場所はあなたが手に入れた場所。

褒め方②(叱り方)

今回の記事は、私が講師として働いていたころに自身で気付いた褒め方です。

なのでなんの根拠も裏付けもないんですけど、

こどもの心にすっと入っていくなぁと確かに感じられたので、

お伝えしたいと思います。

 

結論から言うと、

「褒めるときは唯一無二、叱るときは一般化」 です。

 

褒めるときは唯一無二。

こんな人いないよ、ここまでできる人なかなかいないよ、あなたは◎◎のプロだよ

こんな褒め方です。

「こんなに丁寧に字が書ける人、なかなかいないよ!」

「あなたの計算の正確さは群を抜いているよ、

計算をするときどんなことを気を付けるようにしているの?」

 

どんな小さなことでも、それはなかなかできることではないよ、

できる人はなかなかいないよ、そう伝えることでそのすごさ、貴重さを表現します。

 

叱るときは一般化。

褒めるときの逆で、叱るときはそれはとても一般的であると伝えます。

叱るけれども、それは誰でも起こりうること、と表現します。

 

「この数字、6と0を見間違えたから計算間違えしたんだね。字が雑だからよくない。

まぁ急ぐとそうなっちゃうよね。先生もミミズみたいな時になることしょっちゅうだよ。落ち着いて、計算する自分のために、丁寧な字を書こう。」

 

「授業中に隣りにちょっかいを出さない。いや、わかる。話したいしね、遊びたいしね。ていうかみんなもう何時間座っているのよ。お尻つぶれるよね。でも私ね、こう見えて、ひとりひとりと向き合ってるのよ。あなたと話してるの、あなたと、あなたと、あなたと。あなたに伝えているの。何人もこの教室にいるけど、私とあなたは1対1。授業中は一旦友達のことを忘れて、私を見て!」

 

やだ~褒めるのって簡単だけど、叱るのって一般化挟むからちょっと長くなるね笑

 

でもドカンとブチ切れた後に、一般化を挟むと、

こどもたちの心にすーーっと入っていくのがわかるのよね。

 

私も、周りも、あなたと同じようにいろいろな失敗や過ちを繰り返して

生きている人間だよ、

というメッセージを「叱り」では伝えたい。

 

逆に「褒め」では、周りとは違う、あなただけの光だよ、と伝えたい。

 

もうこの辺りになると技術じゃなくて想いだよね。

書きながらだいぶ熱くなっちゃった笑

 

私が担当していたクラスは、どのクラスもいいクラスだったな~

 

クリスマス付近の授業のときは、

それぞれの机の上に小さなクリスマスグッズを置いてあげて、

「今日はクリスマス気分で勉強しよ♪」とか言うと、

逆にいつも以上に勉強頑張ってくれたり。

 

夏休みをはさむから数週間会えないから先生さみしいよ、

教室出る前にハグしよう!みんな並んで並んで~♪
なんていうと照れながら喜んでハグしてくれたな。

 

結局は、もし「ママ嫌い!」とか「先生嫌い!」とか言われても

「え、私は好きだけど」って返せるくらい、

私は自分のクラスや子どもを大切に思っていたから、

もうそれが言葉に表現されていたのだと思う。

 

懐かしいな~
私の内面がとっても育てられた、とてもとても貴重な思い出です。

褒め方①(YOUメッセージとIメッセージ)

前回の記事で「褒め方も大事かな~」みたいなことを書きまして、

今回はそれをもう少し掘り下げてお話しします。

 

自己肯定感や自己重要感のために「褒めて育てよう」という教え?もあるけれど、

その「褒め方」が非常に重要だと個人的には思っていて、

すごく大切なことだからぜひたくさんの人に読んで欲しい!

 

教育とは見ての通り、

「教」と「育」という文字で成り立っているのだけど、

「教」はティーチング、

「育」はコーチングの意味があって、

その2つが合わさって初めて教育となる。

 

ティーチングは相手のわからないこと知らないことを教えてあげる。

それはわかりやすいよね。

 

コーチングは相手が自発的に、自分から、それを行えるように導くこと。

今回のテーマ「褒め」は、まさにこのコーチングに属するものなの。

 

コーチングの中に

「YOUメッセージ」と「Iメッセージ」というものがあって、

主語があなたか私か、という違いなんだけど。

 

褒めるときの「YOUメッセージ」はこんな感じ。

「えらいね!」

「すばらしい!」

「やればできるじゃないか!」

「あなたは◎◎だね!」

 

本当によく使われる褒め言葉ばかりです。

大人から子供へ、先生から生徒へ、上司から部下へ、

この言葉が使われても違和感はありません。

 

では逆はどうでしょうか?

子供から大人へ、生徒から先生へ、部下から上司へ。

「やればできるじゃないか!」

「えらいね!」

なんと上から目線なことでしょう。

 

そう、「YOUメッセージ」は「評価」に値するのです。

 

また主語が相手のため、相手はその評価を拒否することができます。

「えぇ・・・別に大したことないよ・・・」

「別に褒められたくてやっているわけじゃないよ・・・」

相手にとって必ずしもその「褒め」がマッチするとは限りません。

 

では「Iメッセージ」はどうでしょう?

 

「◎◎してくれて、私は嬉しい」

「あなたが◎◎だから、私は助かっているよ」

 

主語が私、私がそれをどう感じているか、に焦点があたっています。

 

これは評価ではありません。

相手も私が感じていることについて、拒否する権利もありません。

 

だから私は子供を「えらいね~!」と褒めるのは好きではありません。

子供をはなから下に見ているのと一緒です。

 

子供の内発的モチベーションを爆発させるには、

褒め方、自信の持たせ方も非常に重要なのです。

 

次回は私が講師時代に実践してきた褒め方②もご紹介しますね!

内発的モチベーションと外発的モチベーション

こどもたちが「よし!やるぞ~!」という気持ちになる

モチベーションには2種類あって、

 

「テストで100点取れたら〇〇買ってあげるよ」

「宿題が終わるまでゲームはなしね(宿題が終わったらゲームができるよ)」

のように目の前にニンジンをぶら下げて走らされる馬のような状態、

 

もしくはニンジンまでいかずとも、

「お母さんに褒められたい」

「お父さんに怒られる」

のような他人に評価を求めて動くような状態は、

 

外発的モチベーションといいます。

 

外側からの刺激が原動力になるものです。

 

それとは逆に自分の中から湧き出る気持ちが原動力になるものを

内発的モチベーションといいます。

 

これは例えば

興味、関心、面白さ(funnyではなくinteresting)、挑戦心などからくるもので、

わくわくする、どきどきする、もっと知りたい、

こういったことが原動力になります。

 

外発的モチベーションは、そのニンジンがなければ走りません。

外部からニンジンを与え続けない限り、モチベーションは続かないのです。

なので非常に短期的なものになります。

 

よく褒める教育がもてはやされますが、

個人的には褒め方も大切かなーと思います。

何かに導こうと「〇〇して偉いね、すごいね」なんて

外発的モチベーションの一部です。

 

最後に勝るのは内発的モチベーションです。

こちらについてはまたゆっくりお話ししようと思います(^^)